

◆受賞作品について、審査員長・特別審査員からの講評を添えています。
一作品一作品に向き合った、想いのこもった講評もぜひご覧ください。
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| 受賞結果 | 作品名 | 監督名 | 本編尺 |
|---|---|---|---|
| 🏆グランプリ | (該当なし) | ||
| 🥈準グランプリ | アナログ協奏曲 | 浅井 直樹 | 0:11:20 |
| 🥈準グランプリ | 太田の普通の使い方 | 三好 紗椰 カワノヨウタ | 0:11:35 |
| 🏅入賞 | ちあきの変拍子 | 白岩 周也 福留 莉玖 | 0:20:00 |
| 🏅入賞 | まわりまわる | 乙木 勇人 | 0:13:26 |
| 🏅入賞 | 紫が見える | 山田 純 | 0:19:59 |
| 🏅入賞 | Last Line | 是枝 志穏 | 0:15:34 |
| 🏅特別賞 (原案及び脚本賞) | 太田の普通の使い方 | 三好 紗椰 カワノヨウタ | 0:11:35 |
| 🎬入選 | ごく普通の暮らしについて | ワタナベカズキ | 0:19:58 |
| 🎬入選 | こたえあわせ | 市来 大祐 | 0:14:14 |
| 🎬入選 | 春に向かって、描く | 小林 健太 | 0:19:09 |
| 👥一般審査員賞 | ごく普通の暮らしについて | ワタナベカズキ | 0:19:58 |
| 👥一般審査員賞 | ねじまきは踊る | 山田 玄徳 | 0:17:56 |

| 特別審査員 | 作品名 | 監督名 |
|---|---|---|
| 工藤 雅典 監督 | 運命に抗う“転”「紲~あなたの息子でいさせてください~ | 川村 計己 |
| 椿原 久平 監督 | 3.5%の希望 | 大黒 剛 |
| 冨永 憲治 監督 | 速報!あと10分で地球が滅亡します! | 黒田 未來 |
| 鈴木 元 監督 | ウィッシュ・フィッシュ | 井出みずき |

「アナログ協奏曲」 浅井直樹 監督

【審査員長講評】
今や原稿を手書きする小説家は殆どいなくなったが、原画を手書きする劇画作家はまだ残っているだろうと思われる。本編はそうした劇画作家の急ぎの仕事を、デジタルでしか修行をしてこなかった若いアシスタントの女性が、手伝うことになった一夜の顛末を描いた。
映画化が決まって、編集部から急がされる仕事は今晩のうちに仕上げなければならない。男勝りの激しいタッチが売り物の女性作家だが、時に奇声を発して、一生懸命定規で線を引くアシスタントを驚かせる。今目の前にいる劇画作家が以前から好きで模写さえした(とはいえ、デジタルで)という彼女はその原画の一枚をスマホに収める。
彼女が定規で書いた線にインクが滲んで、彼女は消そうとするがうまくいく道理もない。それを咎められ、時間のない中で、手首だけじゃない肘の使い方を教わったりする。そして、どうやら夜が明ける頃には、目鼻がついた。
ほっとしてのひと休憩。
しかし、それも束の間のこと。アシスタントが一枚のポイントになる原画にインクの壜を転がし、取り返しのつかぬ汚しを付けてしまったのだ。謝まりに謝るアシスタント、コピーを取っておけばよかったと悔やむ作家。
と、その時、アシスタントは思い出す。その原画が余りに素敵で、先程スマホで写真に収めておいたのがこれだったのだ。
こうして、何とか、コピーは取れた。皮肉にもデジタルが急場を救ったのだ。最後の仕上げには、アシスタントも、先生に負けずに奇声を発している。やはり手書きは熱いのだ。
かくして、起承転結を踏まえたまとまりのある作品はできた。
だが、劇画のように、画面を引き裂くようなもう一つの展開がなかったか。それは過度な期待にすぎるだろうか。いや、二人のやり取りが漫才風だったら?
とにかく、作者の思惑と違って、劇画の読者にとって、いや映画の観客にとって、手書きであろうがデジタルで描こうが、面白さには一向に通じないからだ。


「太田の普通の使い方」 三好紗椰 監督/カワノヨウタ 監督

【審査員長講評】
風邪を引いたという男友達山田の住まいに向かう太田の道中から映画は始まる。彼女の携帯に電話が入って、山田は後何分と訊かず、後何歩と訊く。部屋に入れば、Tシャツにパンツで首にだけマフラーを巻いている。手洗いにはボディソープ、トイレに立つ山田が冷蔵庫から持ち出したのはトイレットペーパーと、すべてが普通の使い方をされていない。太田が聞くと、拭く時ひんやりして気持ちいいと云う。
太田が近くに置いてあったグリセリンを床にこぼすと、ちょうどよかったと、意にも介さず床を磨いて汚れを消すという山田。何でも除菌してやると言う山田に、太田がこの世の中の<普通>を除菌してほしいと言うと、どうしても普通には見えない山田が普通の良さを例を挙げて説く。
急に自分の顔が脂っぽいからと言って、洗顔料を塗りたくってくる山田は、その洗顔料で再び床を磨き、それじゃ福々亭(ラーメン等中華料理店)の床にもならんわ、と言う太田。いや、リッツカールトン(ホテル)の床ぐらいに磨き上げた、これなら三日前にこぼしたエビチリでも食えるわ、と山田がいうのに、間髪を入れず三日も経ったらエビチリの方がもたんわと切り返す太田。
その突込みに、太田は普通をいっぱい持ってるからやろなと、いたく感心する山田。途中で入った恋人(と山田は云う)の電話には、あと何歩とは訊かず、あと何分と訊いていた(それが恋人の証しか)。
漫才風の掛け合いの中に、太田が自問していた<男と女の友情>といったものが確かめられる。発想が斬新で、二人の軽妙なやり取りが面白く、テンポもいい。
ただ、福々亭は、関東圏の観客には馴染みがなく、ぴんと来ないのではなかろうか。

「ちあきの変拍子」 白岩周也 監督/福留莉玖 監督

【審査員長講評】
主人公の高校生女子千秋は、性格的にイヤ、嫌い、が言えない性質で、付いたあだ名が「委員長」。遠慮なく話せるのは別のクラスの幼馴染のトウヤ一人。そして、挙句の果て、クラスの委員長に祭り上げられ、いやな仕事はすべからく押し付けられることになる。
そんな中、クラスの中に見かけない男が登場し、千秋に成り代わって、いやなことを拒否し、抵抗する。どうやら、彼は千秋のイマジナリイ・フレンドで、千秋の言いたい憤懣を彼女に成り代わって体現してくれる風なのだ。だが、意外や女の子にも叩きのめさるか弱き存在だ。
ある日自分の妄想の生んだ存在だと気づき、千秋は、トウヤの見ている前で、そのイマジナリイ・フレンドを刺し、消してしまう。それでも、まだ立ち直れない千秋だが、女友達二人との話をきっかけに、ついに教室で<我慢しない>本性を現わす。
文化祭の催しか、候補に挙がっていたメイド喫茶の企画を通し、しかも、そのメイドは男子生徒がやる!と多数決で決めてしまうのだ。以降、好き嫌いもはっきり言うようになった千秋に安心したかのように立ち去っていくトウヤの姿は、彼もまた千秋のイマジナリイ・フレンドであったかのようにさえ見える。
折角、メイド喫茶の話が出たのだから、赤がいい、黄色がいい、というようなみみっちい話でなく、最後に、千秋が男子生徒のメイドぶりを睥睨している様を見たかった。

「まわりまわる」 乙木勇人 監督

【審査員長講評】
公園のグローブジャングル(回転遊具)が本編の舞台であり、右回り、左回りに意味を込めた舞台装置になっている。タイトルといい、この舞台装置を定点としてカメラ位置を変えずに、一篇のショートフィルムを作り上げたというのがミソである。右回りが原則、逆にすると時制が戻ってしまうらしい。
この遊具に座ってお守りを手にしているさやのところへ、かつての同級生であり親友のあさがやってくる。さやの手にするお守りの話になり、近所のおばさんがくれたという。あさも今しがた買ったという同じようなお守りを持っていた。
二人は、卒業以来十年ぶりに会うのだが、社交性に富むあさは、最近でも三つの友人の結婚式を済ませ、一つが控えているという、さらに共通の友人の葬式もある(これには、さやも出席するつもりのようだ)。あさは、人の幸せにどうして金を払わなくちゃいけないのとぼやいてみせる。
そして、関心事の卒業式当日の、さやとコウキの逢瀬(?)に話は飛ぶ。左回りに回転して、時制は過去へ。サッカーボールが転がってきて、拾うさやの所に現れるコウキ。意外にも、コウキはさやではなく、あさへの想いを告白し、さやに仲立ちを頼む。さやは二人を応援すると言い、コウキは去った。
右回りに回って元の形に戻ったが、あさはその姿のまま、近所のおばさんを演じ、恋あるいは失恋談義を語る。もう一度回って、あさになり、自分も恋に破れたことを告白する。そして、もう一度右回りに回って、さやの姿はなく、喪服姿(最初から、このために通してきた)のあさ一人。さやと待ち合わせしていたらしいが、さやは来ないようだ。(葬式にはコウキが来るとさやが言っていたから、自分は遠慮したのか)。あさは、待つのを諦めて、歩き出す。
・・・と概観してみたが、いくつもの疑問が残る。折角、回転ジャングルの半分は画角から外れて見えないのに(場合によってはコマ止めして)着替えもさせず、ましてや(別の俳優に変えずに)あさに近所のおばさんを演じさせたか。お守りも、結局、あさが二つを手中にすることになった。
作者は、敢えて小細工をするよりも、見る者の想像力に委ねようとしたのだろうが、はたしてその首尾は?

「紫が見える」 山田純 監督

【審査員長講評】
高校三年生の綾は、アルバイトに書店員を務めるほか、今は亡き友人紫織の身代わりに老人施設にいる紫織の祖母を時々見舞っている。その痴呆症はかなり進んでいて、すっかり紫織と思ってくれている。だから、自分のしているパールのペンダントを綾に付けて似合うと言ったりする。綾も、髪の一部に紫色の毛を付けてまで、紫織を演じている。
紫織の父親が、お礼と言って封筒の包みを渡そうとするが、綾は受け取らない。母との二人住まいだが、夜遅くまで勉強している綾に比べて母はだらしなく、遅くに男を連れ込んで帰ってきたりする。
当の老婦人が入院したのをきっかけに、紫織の父親からお役目ご苦労さんと言われ、例のペンダントを綾は貰う。酔って帰ってきた母は、それを見つけて「あんたパパ活してるの?」と母親にあるまじき発言をする。
老婦人が再び施設に戻ったという話を聞いて、お別れを言いたいと、紫織の父親と一緒に訪れ、ペンダントをおばあちゃんの首に返そうとするが、おばあちゃんから再び貰うことになる。
綾が首にかけたペンダントを見て、アルバイト仲間の男から、そのペンダントに「紫が見える」と声をかけられた。
綾にとっての忘れがたい青春譜のシンボルとなったのだ。

「Last Line」 是枝志穏 監督

【審査員長講評】
全編英語で語られる本編も、起承転結を踏まえた律儀な作品である。
無論、短編には、起承転結が却って不都合な場合がある。長編に比べて、一気に核心に入るべきものがあるはずだからだ。だが、やはり、ひとつのお手本とはなろう。
メンタルヘルスカウンセラーの女性エリのマンションの一室で、すべての会話が電話の受け答えだけで綴られる。まず、母親と。元気になったのはママカウンセラーのお蔭と彼女は言う。
写真の少年は、彼女の息子で不幸にも死なせてしまったらしいことが徐々にわかってくる。その名と同じソラという青年から電話。彼女はその不安定な青年を立ち直らせようと必死だ。
次の日、待っていたソラからの電話。危機は少し遠退いたか。そして、突然、組織の上部からカウンセリングは一週間停止との電話。AI導入による措置だという。
ようやく,悶々としていた一週間が過ぎ、ソラからの電話に喜ぶエリだったが、彼はもう新しい相手ジュリア(AI)に夢中で、電話もすぐに切ってしまう。いや、それどころではない、母からの電話にも殆どけんもほろろ、エリ自身がジュリアにはもう夢中なのだ。
・・・という次第だが、今やAIに人間の営みが乗っ取られるという話は巷間に出回りすぎている。
その意味で、新しい驚きがないのだ。

「ごく普通の暮らしについて」 ワタナベカズキ 監督

【審査員長講評】
若い夫婦の間で、突然妻の方から別れ話が持ち出され、その「フードファイターになってアメリカへ行き、ホットドック早食い競争に一位になって、初めて生粋の日本人として 世界一になる!」という宣言に圧倒されつつ、これには何か裏があると勘ぐる夫。我々観客にも、その嘘っぽさは耳につく。
そこで夫は、引越しの手伝いに来た義弟を買収し、自分は引越し用の大きな段ボールに隠れ、妻の本音を聞き出そうとする過程を喜劇仕立てにしているのだが、最初から妻の主張の嘘っぽさが見え見えなので、その真実が妻から白状されても白けるばかりだ。子供好きで、子供の誕生を待ちかねているはずの夫に、自分が原因で子供を産めないことを知らせるに忍びないというのだ。
笑劇一転人情喜劇に、と作者は意図したのだろうが、余りの時代錯誤に足を取られてしまった。

「こたえあわせ」 市来大祐 監督

【審査員長講評】
かなり年季の入った夫婦、しかも子供のいない夫婦だろう(独立した息子や娘がいる気配がない)。
夫は朝の食事時にも、食卓に携帯を置いて、話に夢中。おそらく、後で訊かれても答えに窮するだろう。食卓に何が出されていたか、何を食べたかすら、ましてや、妻の装いの変化などには。妻が意味ありげに外出をほのめかしてさえも。
だが、さすがに、気づく日が来る。一旦気づけば、妻の外出は、浮気? それも若い男? と夫を悩ませ、じゃ、おれも、とほざいては見せるが。その間の夫婦それぞれの思惑が、それぞれのモノローグで語られるという趣向だ。
そして、ようやく、ある日の食卓を挟んで、こちらも負けじとサングラスで装った夫を、同じくサングラスの妻がからかい、夫は妻に何だい色気づいちゃってと応酬して、一篇の空騒ぎもめでたしめでたしでは、身も蓋もない。

「春に向かって、描く」 小林健太 監督

【審査員長講評】
高校の卒業式の日の教室、一人残って感慨に浸るのは、この教室の担任の若き男性教師。卒業生の一人が探し物をしに来たと言って立ち寄るが、彼のことを気に掛けつつ、自分の当時の迷いについて思いを馳せる。
当時高校を卒業したばかりの彼も、絵画コンクールに落選して自信を失い、進路がつかめず迷い、何か答えを見つけようと旅に出る。汽車に乗って山間のある寂しい駅に着く。そこで降りて歩くうち、谷川に足を浸している若い女性に会う。
そして、偶然出会った彼女こそ、幸運にも彼の導き役になった。彼女も特に格別の人生訓を垂れるわけではないが、彼女の一言一言が彼に今後の自立していく道を教えてくれたようだ。
「画いてみれば」の一言が、やがて彼に思い切りよく一枚の絵を仕上げさせた。結果、美術の道に進んで美術の教師になったのかどうかは分らぬが、今ここに高校の担任教師として在る。その存在の自信のようなものが、再び教室に戻ってきた先程の生徒にも、自信を持たせる言葉を発信できたのだ。
好感の持てる作りだが、少々シンプルに過ぎたか。

一般審査員は、短編映画コンクールを支えてくださる、映画を愛する皆さんです。
茅野市内はもちろん、全国各地から「小津安二郎記念・蓼科高原映画祭 短編映画コンクール」のサポーターとして参加してくださっています。
応募された作品一つひとつに向き合い、作品を観て、感じて、選ぶ。
一般審査員の皆さんは、毎年このコンクールの大切な審査の一翼を担っています。
そして、専門家とはまた違う、映画を愛する観客の目線で、
「心に残った」と選ばれた作品に贈られるのが「一般審査員賞」です。
作品が観客の心に届いたこと、そのものを讃える賞でもあります。
今年、全国の一般審査員の皆さんの心を最もつかんだのは、この作品!
一般審査員賞受賞、おめでとうございます!💐
「ごく普通の暮らしについて」 ワタナベカズキ 監督

「ねじまきは踊る」 山田玄徳 監督


🎥 工藤雅典 監督 ピックアップ
『運命に抗う“転”「紲~あなたの息子でいさせてください~』
川村計己 監督

川村計己監督の『紲〜あなたの息子でいさせてください〜 』は、実話を元にしたフィクションで、父の死をきっかけに認知症がはじまる母の介護に奔走し、生活に追われる息子の苦悩を描き、介護制度、行政のあり方の問題点を問う、社会的意義の高い作品だ。俳優の演技や、撮影もしっかりしており、作品を作るにあたっての志の高さが感じられる。それにも関わらず、今回、入選を逸した理由を考えてみたい。
冒頭、裁判所の場面で、主人公・良一は、介護の苦悩から、母・咲江を殺してしまった事実が示される。そして、ドラマは、母親の介護に苦しむ良一が直面する社会的問題が次々と描かれ、良一が母親を殺すラストシーンに向かって一直線に進んでいく。この作品は、社会の問題点を訴えたいのが一つの目的であるとすれば、その問題点を見せていくには、 直接的で、理にかなった構成と言える。
しかし、ドラマとしては、主人公に次々に襲いかかる苦難は、大変な事とは思うが、介護をする上の社会問題としては、予想される範囲内で、こんな問題があったのかと言う、新しい驚きは無いように感じる。また、主人公は、涙を流しながら耐え続け、母殺しに向かってストレスがただただ積み重なっていくので、カタルシスは無く、見ていて辛くなってしまう。ドラマの構成要素である起・承・転・結の転にあたる部分が感じられず、起・承・結になっているような印象がしてしまうのだ。面白い“転”のアイディアを考えるのは、中々に至難の業だが、私は、ドラマを面白くする上で、新しい発見や、主人公の運命が大きく変わるような“転”のアイディアが最重要のキモだと思うのだ。
ドラマを面白く見せるより、社会の問題点を一直線に暴きたいのが監督の狙いだと言えばそれまでなのだが、ドラマを面白く見せた上で、さらに社会問題を訴えらえたらと思うのは欲張り過ぎだろうか?“結”は過酷な運命だったとしても、登場人物に一度は、その運命に懸命に抗い“転”に向かう姿が見たいのだ。社会問題を題材に選んだ志は本当に素晴らしい。欲を言えば、ドラマの見せ方にはもう一工夫をと願いたい作品だった。
🎥 椿原久平 監督 ピックアップ
『3.5%の希望』
大黒剛 監督

トコフォビア(出産恐怖症)からの克服をテーマにした作品。
社会環境の未来をテーマにした「一冊の本」に動揺し
不妊治療を受けたうえでの妊娠にもかかわらず出産を躊躇う妻。
夫は、そんな妻を必死の説得と協力で、出産~子育てへ前向きになる。
現代社会の深刻な環境問題と極身近な嬉しい出来事。
曲がりなりにも私も子育てを経験しているだけに思うところがありました。
今年、この機会にこうした作品を拝見出来て、よかったです。
大黒監督自身は、同様の体験をしているのでしょうか?
それとも報道、本、メディアを通しての想像?
脚本を監督自身が創作しているようなのでいかがかと・・・。
エリカ・チェノウェス氏提唱の「3.5%ルール(=の法則)」、久しぶりに聞きました。
今後もこうした社会問題をテーマにした作品を制作し大黒監督の想いを
世にどんどん放ってください。 楽しみにしています。
この作品について、「私が」残念ながら選外としたのは
コンクールなので他作品との相対評価であることを踏まえても
脚本演出BGMともに工夫、大黒監督特有の空気が感じられなかったからです。
加えて、失礼を承知で書くと、全体が「浅く」「のっぺり」していました。
なんでも大げさ劇的にすればいいというわけではなく
すべてにおいて抑揚なり緩急が足りない。
着眼点は興味深いのに、勿体ないな、という評価です。
それ故に、ピックアップ作品として寸評させたいただきました。
繰り返しますが、今後の大黒監督作品の大いなる飛躍、期待しています。
🎥 冨永憲治 監督 ピックアップ
『速報!あと10分で地球が滅亡します!』
黒田未來 監督

古今東西、終末への関心は尽きる事がない。我々は聖書の時代から、ノアの洪水、ハルマゲドン、近年では核戦争で、パンデミックで、はたまた幾多の予言でも右往左往してきた。
我が国では多くの自然災害に直面し、実際に大きな地震を各地で経験している。人の力では抗いようのない恐怖である。
さて、本作は恐竜を絶滅に追いやったとされる惑星衝突が10分後に起こるとの設定である。その発表からどうも胡散臭い。ラジオのアナウンスにリアルさがない。今の時代なら警報アラートが一斉に鳴っても良いでしょう。
小さな定食屋に3組の人々が居合わせるのだが、パニックも起こさず、終始自分の話ばかりで、外の世界との関わりを感じない。誰一人も外の世界に連絡しようとしない。この世の終わりにそんなことってある?目の前にいる人が唯一の大事な人なのかもしれないが、父母や友人達ともすでに縁が切れているのかな。
登場人物が、外の様子も見ず、おとなしく座ったままで、誰もその運命に抗おうとしない・・・ここで最後の晩餐をするというお話だから、みんな納得ね!というように見えてします。
フィクションであるが故に、リアリティが欠けると興味を削がれます。現実にはそんなバカなって事がたくさん起こります。フィクションは緻密なウソの積み重ねが物語を現実に導いてくれると思います。
果たして作者が描きたかったことは、地球滅亡の設定を借りずとも創れたのでは?
🎥 鈴木元 監督 ピックアップ
『ウィッシュ・フィッシュ』
井出みずき 監督

失恋した晶を慰めようと海辺に連れ出した夏目。ヒトデを星に見立て、星好きな晶の心を何とか動かそうとするが、そもそも荒波のような恋愛経験のない夏目にはどうすることもできない。愛って何だろう。ふたりの語りは続いて行く……。
この映画の作りはとてもシンプルで尺も6分半と短い。残念ながら入選は逃したのだが、自分は好きなところがあったのでピックアップしました。
作者の作品解説にありますが、シナリオはふたりの登場人物を演ずる俳優さんと監督がディスカッションしながら作って行ったようだ。恋愛や愛について、自分たちが経験したことや考えていることを話し合いながら、つまりはとても日常的で回りにある出来事を、自分らなりの感覚で描いてみよう、描いてみたいと考え、そこがスタート地点なのが凄くいいと感じました。これ、当たり前と言えば当たり前のことですが、この作者は何を描きたいんだろうと感じる作品が山のようにあることを考えると『ウィッシュ・フィッシュ』は王道の映画だと思います。
という思いで見直してみると、いろいろな問題も見えて来ます。
ディスカッションしたであろう言葉がそのまますぎて頭に残って行かない。字で読むとそれなりに残って行くのかもしれないが、画と音で見せられるとなかなか残って行かない。シナリオを書く上で工夫が必要だと思います。
また、劇的なことは何も起こらないのだが、唯一、人物の気持ちが動く瞬間があります。苦しくなるほどの恋愛をしたことがない自分には愛がないのかと思うと寂しくなる、と言う夏目の言葉を聞いた晶がそうじゃないんだと反攻に出るところです。相手の幸せを願うことこそ愛なんだ、というラストにつながる大事なところですが、そこの晶の変化が画で捉えられていません。芝居が足りないのかもしれませんが曖昧だと感じます。画が少し雑なのかも、とかいろいろと考えてしまいました……。
でも、井出監督。自分の身の回りには様々なドラマがあり、そこに焦点を当てて作り続けてほしいと強く思います。次回作をお待ちしています。